エッセイ
■掲載雑誌:JR北九州マイ・ウェイ・クラブ/ジパング倶楽部「旅三昧」2007年9月号より
憧れの地 湯布院
長年、憧れていた土地を訪れてみて、何だ、と失望することがある。そんな時は本当にがっかりする。片想いの人と付き合ってみたら、案外つまらない人だった時みたいに、気持が急激に冷めてしまう。それとは逆に、実際に足を運んでみてイメージ通り、もしくはそれ以上だと心の底から嬉しい。
湯布院はまさに後者だ。私には映画業界の友人が結構いるが、映画祭で湯布院を訪れた彼等は、口を揃えて良い所だと言う。数年前、やはり主人も映画祭で彼の地を訪れたが、家に帰って開口一番、いやー、湯布院って最高だよ、景色は良いし、温泉は気持が良いし、お料理は美味しいし、と手放しで喜んでいた。
こんな話をあちらこちらから聞いていたので、私の憧れは風船のように膨れ上がってゆく。
今年の初夏、その夢が実現した。テレビの旅番組の取材で訪れることが出来たのだ。
大分空港からロケバスで移動している間、胸が高鳴った。緑がだんだん濃くなってゆく。日頃、齷齪暮しているので、田園風景を目にするだけで、童心に戻れる気がする。
湯布院には、古き良き時代の日本の原風景が残っており、郷愁を呼び覚されるのと同時に、イギリスの田舎を連想するモダンな感じもある。
山間の素朴な土地柄だが、文化的な香りが漂う。駅の待合室からして美術館のようで、絵画の展示がなされていた。街中に小さな美術館が点在し、散歩のついでに現代アートを楽しめたりする。
お土産屋さんが並び、観光客用の馬車が街中を走っているが、湯布院ではそれが上っ擦りに見えない。すべてがおしゃべりなのだ。
多分、それは湯布院に住んでいる人達が、自分達の生まれ育った土地に誉りを持っているせいだと思う。
ああ、初日に泊めて頂いた旅館のメノウ色の温泉の心地良さ。二日目のホテルで、蓄音機で聴いた昔懐かしいペギーリーの「ジャニーギター」。訪れた後も、私の中の湯布院熱は温泉のように熱いままだ。
阿木燿子