ラブシック・ジャーニー

エッセイ

■掲載雑誌:JR北九州マイ・ウェイ・クラブ/ジパング倶楽部「旅三昧」2007年11月号より

ラブシック・ジャーニー

作詞家になって三十二年、その間に著作権協会に登録した詞は千以上。私は決して多作な方ではないが、気が付いてみればいつの間にか、かなりの数の詞を 書いていた。

内容としては圧倒的に恋愛が多いが、恋を絡ませた旅がテーマの作品も少なくない。

山口百恵さんが「馬鹿にしないでよー」と小気味よく啖呵を切る「プレイバック・パートII」も一人旅に出ている女性の歌である。主人公は真っ赤なポル シェに乗ってドライブ旅行に出ている。でも、それには訳がある。前の日、恋人と喧嘩をし、それが原因で家を飛び出したのだ。頃は五月。緑の中を風を切っ て運転をしているうちに彼女は思い直すのだ。やっぱり彼の元へ帰ろうと。

こんなふうに旅は詞になりやすい。作詞家としてはドラマが作りやすいので、有り難い題材である。旅は日常からの遊離のことが多いので、主人公の心模様 をロマンティックに描くことが可能だ。

その意味では今年の夏、お亡くなりになった阿久悠さんの作品、「津軽海峡冬景色」の描写は素晴らしい。恋人と別れる決心をした女性が北に向う連絡船に 乗り、寒々とした景色を眺めながら、辛い気持と向き合っている姿が、ドラマチックに描かれている。

また同じように失恋と旅をテーマにした曲に「女ひとり」があるが、これも名曲だ。作詞は永六輔さんだが、京都大原の三千院を結城の着物を着た女性が一 人、散策している姿が美しい。俯き加減の白いうなじまで目に浮かぶようだ。

人は心に傷を負うと、旅に出たくなる。日常と離れ、自然と触れ合うことで、癒されたいと望むからだろう。旅先で出会う人々や景色の中に答えを見い出し、また一からやり直そうと思うのだ。

旅をテーマにした詞をもっと書くことにしよう。聴いて下さる方の心を、少しでも慰めるような詞を。

旅のことを思うだけでも気持が軽やかになるのだから、旅の効用は絶大である。

阿木燿子